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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)338号 判決

控訴人 被告 青田伸夫 外一二六名

訴訟代理人 水崎幸蔵 水崎嘉人

被控訴人 参加人 福岡県労働金庫

代表者理事長 江口義美

代理人 岸星一 萩沢清彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の平等負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の参加申出を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」という判決を、もし参加申出却下の請求が理由のないときは「被控訴人の請求を棄却する」という判決を求める旨申立て、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、それぞれ次のとおり補充陳述した外いづれも原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人の主張。

(一)  被控訴人の本件参加申出は、脱退前の原告と被告(控訴人)等とを相手方として訴訟代理人弁護士諌山博、同大家国夫によつてなされたものである。しかるに両弁護士は原告の訴訟代理人として本件訴訟を追行していたものであるから、被控訴人の相手方である原告の訴訟代理人が被控訴人を代理して本件参加申出をしたのは弁護士法第二五条の規定に違反するものである。従つて本件参加申出は不適法として却下すべきものである。

(二)  被控訴人は、昭和二八年九月一〇日の第一一回鬪争委員会において、原判決添付第三表の徴収額算定方法によつて臨時組合費を徴収することの議決をしたと主張するけれども、当日の鬪争委員会においては還付金(収入金)を徴収すること及びその徴収率を企画部に立案させることを決定しただけである。仮にこの鬪争委員会において被控訴人の主張するような議決をしたとしても、臨時組合費の徴収について争議要員の家族から反対意見がでたため、昭和二八年九月中旬頃開かれた闘争委員会において前記算定方法による臨時組合費の徴収を廃止し組合員の収入をプール制とする議決をしたので、本件臨時組合費の徴収に関する議決は失効したものである。

(三)  闘争委員会に関する原告組合規約第四条の規定は昭和二四年一〇月一九日から昭和二五年三月末日までの間に制定されたものであるが、別冊闘争要綱は右規約第四条と同時に制定されたものではない。この闘争要綱がその後何日如何なる方法で制定されたかは詳でないが、その制定にあたり規約第二五条所定の規約改正の手続、すなわち組合員の直接無記名投票が行われたことはない。そしてまた、闘争要綱附則には闘争要綱の改廃は大会の議決によつて行うことを規定しているので、この規定によれば闘争要綱を改正するには規約改正の手続を要しないことになる。これによつてこれをみれば、闘争要綱は規約の一部をなすものではなく、規約第六九条による補償規程と同様規約の運用規程とみるべきものである。従つて規約上大会の専権に属する臨時組合費の徴収その他の事項に関する議決権を、規約以外の運用規程に過ぎない闘争要綱を以て他の組合機関に付与することは許されない。また闘争委員会の権限を定めた闘争要綱第五項中に「大会より委任された議決権」とあるのは、規約第二四条に列挙する大会の専権事項以外の事項で大会の委任した具体的事項に関する議決権を指すものである。もしこれに反して、規約第二四条の大会の専権を指すものとすれば、規約第二五条所定の規約改正の手続によらないで闘争要綱を以て規約第二四条を改正したに等しいこととなり、規約第二五条及び労働組合法第五条第二項第九号の規定に違反するから無効である。

(四)  臨時組合費は通常組合費を以て組合の活動資金を支弁するに不足を生ずる場合に、その不足額を組合員に負担させる臨時の出捐であるから、その徴収目的及び徴収額には自ら一定の制限がなければならない。しかるに本件臨時組合費は争議要員の給与にあてる名目で徴収することになつているが、原告組合には当時約六〇〇万円の闘争資金が積立てられていたから、このような名目の経費支弁のため臨時組合費を徴収する必要はない。本件臨時組合費の徴収対象が主として保全要員であることからみれば、その徴収はむしろ争議中の組合員の収入の平均化を目的とするものであつて組合費の概念と相容れないものである。また通常組合費については規約にその額を明定し、これを改訂するには組合員の直接無記名投票によらなければならないに反して、臨時組合費の徴収は大会の議決によつてなされることになつている。その趣旨は、臨時組合費の負担が通常組合費の負担よりも軽微であることを予想したためである。しかるに本件臨時組合費は通常組合費の数十倍に達する高額のものであつて、このような高額の徴収金はその名称の如何にかかわらず規約第二四条第四号所定の臨時組合費に該当するものとはいえない。従つて本件臨時組合費の徴収に関する議決は無効である。

(五)  おおよそ、団体における経費の収支は団体の運営上重要であるから、団体は通常定款又は規約において団体の最高機関に予算及び決算の議決権を与え、その議決した予算に基き執行機関に収入支出をさせているのである。従つて本件のように二〇〇万円にものぼる争議要員の給与を支給するには、収支の予算を編成して大会の承認を受けなければ適法な組合の収支とはいえない。しかるに本件臨時組合費及び争議要員の給与について予算を編成した事実がないから、右臨時組合費の徴収に関する議決はこの点においても無効である。

(六)  規約第七二条の規定によれば、組合員は毎月二六〇円の通常組合費の中から三〇円を闘争資金として積立てることになつている。それ故原告組合は闘争に際しまづ積立闘争資金を以て闘争経費に充当すべき義務があること明らかである。仮に闘争委員会に臨時組合費を徴収する権限があるとしても、臨時組合費の徴収は積立闘争資金を以て闘争経費を賄い得ない場合に限るべきものである。しかるに原告組合には本件争議突入当時約六〇〇万円の積立闘争資金があつたのであるから、たとい争議の長期化が予想されたとしても、積立闘争資金を以て賄い得る最大限の予算を立て、しかる後不足の財源を徴収金に求めるなら格別、積立金を温存して本件臨時組合費を徴収することは、その必要性を欠ぐものであつて無効である。また仮に積立闘争資金の不足に備え予め臨時組合費を徴収することが許されるとしても、本件争議終結当時積立闘争資金を以て争議中の経費支弁に不足する状態であつたと認むべき計数上の根拠がないのみならず、かえつて臨時組合費徴収の目的とする争議要員の給与は積立闘争資金の三分の一を以て足りたことがうかがわれるから、控訴人等の本件臨時組合費の納付義務は目的の欠缺によつて消滅したものである。

(七)  規約第一五条には「組合員は平等の権利と義務を有し、人種・信条・宗教・門地又は身分・年令・性別・職種・熟練の程度等により差別待遇をされることはない」と規定している。それ故組合費の負担も各組合員平等でなければならない。規約第七二条において組合員の職種収入の如何にかかわらず通常組合費の額を各組合員一律に月額二六〇円と定めているのもそのためである。しかるに本件臨時組合費については、保全要員以外の組合員に対する徴収率は保全要員に対する徴収率の七割であつて、甚だしく不平等である。

(八)  法人の理事は法令または定款の範囲においてのみその権限を有するものであるから、法令又は定款において或る事項につき当該法人の最高機関たる総会等の議決を経べきものと定めている場合にその議決を経ないでなした理事の行為は法人の行為としての効力を生じない。このことは、地方自治体の長が法令上議会の議決を経べき事項についてその議決を経ないでなした行為、または漁業組合の理事が旧漁業組合令によつて総会の議決を経べき事項についてその議決を経ないでなした行為に関し、すでに大審院その他の判例の認めるところである。そしてこのような法令または定款の規定は理事の代理権に制限を加えたものと解すべきものではないから、民法第五四条の適用がないことについても判例の示すところであつて、この理は法人たる労働組合にも妥当することは労働組合法第一二条の規定によつて疑をいれない。しかるに原告組合規約第二四条第六号の規定によれば組合の資産を処分するには大会の議決を経なければならないにかかわらず、原告組合の執行委員長は大会の議決を経ないで控訴人等に対する本件臨時組合費徴収債権を被控訴人に譲渡したのであるから、その譲渡行為は執行委員長の権限外の行為であつて無効である。仮に規約第二四条第六号の規定は執行委員長の代表権を制限したものであつて民法第五四条にいわゆる理事の代理権に加えた制限に該当するものとしても、被控訴人は本訴提起後八個月を経て本訴係争中の前記債権を譲受けたものであつて、訴訟の経過並びに立証等を知悉していたものであるから、原告組合の資産の処分について大会の議決を要することを知つていたものといわなければならない。従つて被控訴人は悪意の第三者であるから、前記代理権の制限を以て被控訴人に対抗することができる筋合である。それ故その制限に反する本件債権譲渡は無効である。

被控訴代理人の主張。

(一)  弁護士諌山博、同大家国夫の両名が参加人たる被控訴人の訴訟代理人としてなした第一審以来の訴訟行為は、新に選任された被控訴代理人において当審第二回口頭弁論でこれを追認したから、両代理人のなした訴訟行為の瑕疵はこれによつて治癒されたものである。

(二)  原告組合の第一一回闘争委員会においてなされた本件臨時組合費の徴収議決が、その後の闘争委員会において廃止されたことは否認する。

(三)  旭硝子株式会社は昭和二五年中三菱化成工業株式会社の硝子部門が分離して設立された会社であつて、原告組合はもと三菱化成工業株式会社牧山工場労働組合と称していたが、旭硝子株式会社の設立に伴い旭硝子株式会社牧山工場労働組合と改称したものである。原告組合は昭和二三年八月二七日の大会において規約の一部を改正し、闘争委員会の設置運営に関する第四条の規定を制定し同時に闘争委員会の組織権限等に関する別冊闘争要綱を制定した。規約はその後昭和二五年四月一日の大会において一部改正され、また闘争要綱も昭和二三年一二月及び昭和二六年四月の両度に大会において一部改正された。しかし右規約第四条の規定及び闘争要綱に定められた闘争委員会の権限中臨時組合費の徴収に関する権限については、一部字句の訂正があつた外これらの改正にかかわらず変更がない。昭和二五年四月の規約改正は、それまで規約改正の手続が大会の議決によることになつていたのを、労働組合法の改正に伴い組合員の直接無記名投票によることに改めたものであるが、闘争要綱の改正は同要綱附則において大会の議決によることに定められたまま、右規約改正手続の改正後も改められていない。以上の経過によつて明らかなように、闘争要綱は規約第四条と同時に同一大会において制定されたものであつて、規約と一体をなすものである。しかし規約と一体をなすものではあるが規約の一部とみるべきものではなく、また控訴人等の主張するように単なる運用規程と解すべきものでもない。規約と密接な重要事項を定めたものである。そして闘争要綱の改廃は大会でこれを行う旨の同要綱附則の規定は規約の改正がなくても闘争要綱自体を改廃することができることを示したものに過ぎない。従つて闘争要綱に基き大会の議決を以て大会の権限を闘争委員会に委任することは違法ではない。闘争要綱第五項に「大会より委任された議決権」とあるのは規約第二四条に列挙する議決権を指すものであつて、控訴人等主張のような具体的事項の議決権と解する根拠はない。そして闘争要綱は規約と一体をなす重要規定であるから、闘争要綱に基き大会の議決を以て大会の議決権を闘争委員会に委任しても、規約改正の手続によらないで規約を改正したに等しいという非難はあたらない。

(四)  控訴人等は、本件臨時組合費は規約第二四条第四号の臨時組合費に該当しないと主張するけれども、本件臨時組合費の徴収が争議要員の給与を目的としたものであることは控訴人等も争わないところである。原告組合は組合員の争議中の収入状態に応じて臨時組合費の徴収額に差等を設けたのであつて、組合員の収入の平均化を目的として差等を設けたものではない。また徴収額が通常組合費に比べて多額であつても、そのため臨時組合費に該当しないという理由はない。

(五)  規約第二四条第三号の予算及び決算と第四号の臨時組合費の徴収はこれを別個に取扱い得るものであつて、争議要員の給与について予算を編成した事実がないとしても、そのため本件臨時組合費の徴収に関する議決が無効となるものではない。

(六)  臨時組合費を徴収する必要の有無は組合において判断すべきことであつて、闘争資金の積立があるからとて臨時組合費を徴収する必要がないと速断することはできない。積立闘争資金は争議に備えて積立てるものであつて、いかなる場合にも相当額の闘争資金の積立てがなければ争議に支障をきたすことは組合運動の常識である。積立金を費消してしまつた後でなければ新に徴収することができないものではなく、かえつて争議終結時においてもなお相当額の余力を残すことが望ましいのである。いわんや本件臨時組合費の徴収議決当時は、争議要員の給与だけでも相当多額の支出が予想されていたのであるから、臨時組合費を徴収するについて相当の理由があつたものといわなければならない。従つて仮に結果的にみて、積立闘争資金だけで争議費用を賄うことができたとしても、臨時組合費の納付義務が消滅する理由はない。

(七)  原告組合の組合員は本件争議中、或は争議要員または保全要員として勤務し、或はアルバイトとして日稼をしていたので、各組合員の収入状態は平時とは著しく異つていたのである。そのため原告組合は、このような特殊事態に応じて収入の多少により組合員の実質的負担の均衡を図るため、本件臨時組合費の徴収率に差等を設けたものであつて、これを以て規約第一五条に規定する組合員平等の原則に違反するものとはいえない。

(八)  本件臨時組合費徴収債権の譲渡は、原告の被控訴人に対する借入金債務を弁済するためになされたものであるから、規約第二四条第六号の資産の処分に該当するものではない。仮に本件債権譲渡が右規約の規定に違反するとしても、それは原告組合の内部の問題であつて組合代表者の対外的代表行為の瑕疵となるものではない。また代表権の制限について被控訴人が悪意であつたことは否認する。これに加えて、原告組合は昭和二九年三月二二日改正された規約に基き、昭和三〇年二月四日の組合総会において本件債権譲渡を追認したのでその譲渡は有効である。

証拠関係。

被控訴代理人は、脱退原告の提出した甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一ないし三、第四号証、第五号証の一ないし三、原審証人宮川清城(第一回)、宮原次郎吉、山中昭夫、津田三代子、石井早雄(第一、二回)の各証言並びに原告組合代表者金子勇の尋問の結果を援用した外、丙第一号証(写)、甲第六号証(写)、第七号証(写)、第八号証の一、二(写)、第九号証の一ないし三(写)、第一〇号証を提出し、原審証人宮川清城(第二回)、原審及び当審証人金子勇、当審証人生田繁司、松下高喜の各証言並びに原審における被控訴金庫代表者江口義美の尋問の結果を援用し、乙第四号証は不知と述ベその他の乙号各証の成立を認め、乙第八及び第一〇号証を利益に援用した。

控訴代理人は、乙第一ないし第一二号証を提出し、原審証人上荷田定雄、江崎栄、中倉正城、森永四十三、加藤春美、石田政雄、岩村光雄、当審証人吉川直美(第一、二回)、別府高衛、塚本守の各証言並びに当審における控訴本人内田洸、森永四十三の各尋問の結果を援用し、甲第三号証の一ないし三、第四号証、第五号証の二及び三、第六号証、第七号証、第八号証の一、二はいづれも不知、第九号証の一ないし三、第一〇号証はいづれも成立を否認すると述べ、その他の甲号各証の成立並びに丙第一号証の原本の存在及びその成立を認めた(原審で証人として尋問した森永四十三、加藤春美、石田政雄の三名は被告人であるが、この点の尋問の違法について相手方から異議の申出はない。)

理由

まづ本件参加申出の適否に関する控訴人等の抗弁(本判決事実摘示(一)及び原判決事実摘示六の抗弁)について判断する。

本件参加申出は、参加人たる被控訴金庫の代表者理事長江口義美から訴訟委任を受けた弁護士諌山博、同大家国夫の両名によつてなされたものであることは、本件参加申出書及びこれに添付する右被控訴金庫代表者の訴訟委任状によつてこれを認めることができる。そして労働金庫を代表する理事はその金庫の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をなす権限を有することは、労働金庫法第四二条、商法第二六一条第三項、第七八条第一項の各規定によつて明らかである。それ故仮に控訴人等の主張するように、本件参加申出について被控訴金庫の他の機関の決定がなかつたとしても、労働金庫である被控訴金庫を代表する前記理事長によつてなされた訴訟委任は適法といわなければならない。もつとも、原審証人中倉正城の証言及び原審の尋問における被控訴金庫代表者の供述中には、同代表者は当初本件訴訟に参加することを予期しなかつたような供述があるけれども、この供述だけでは訴訟委任の意思がなかつたと速断することはできない。たとい参加申出当時その意思がなかつたとしても、被控訴金庫代表者は当審においても再び諌山及び大家両弁護士に訴訟委任をなし、両代理人の辞任後被控訴金庫代表者から訴訟委任を受けた新代理人は、昭和三一年一月三〇日の当審口頭弁論において右両代理人の原審以来の訴訟行為を追認したことは記録上明らかであるから、訴訟委任の欠缺は補正されたものといわなければならない。

次に被控訴人の本件参加申出は、原告及び被告たる控訴人等の双方を相手方として原告の本訴請求にかかる債権が被控訴人に属することの確認を求めるとともに、控訴人等に対し当該債務の履行を求めるものであることは本件参加申出書によつて明らかであつて、諌山及び大家の両弁護士が原告の本訴脱退まで原告の訴訟代理人として訴訟を追行したことも記録上明らかである。そおすると、右両弁護士は原告の訴訟代理人であるにかかわらず原告の相手方である被控訴人の訴訟代理人として本件参加申出をなし、かつその後の訴訟を追行したものであつて、両弁護士の該訴訟行為は弁護士法第二五条第一号の規定に違反するものである。しかし同条違反の訴訟行為といえども当然無効ではなく、相手方において何等の異議を述べなかつたときは訴訟法上完全な効力を生じ、相手方は後日になつて当該行為の違反を理由としてその無効を主張することはできない(昭和三〇年一二月一六日最高裁判所第二小法廷判決参照)。しかるに原審において諌山及び大家両代理人の前記法条違反の訴訟行為について相手方が異議を述べた形跡は全く認められないから、両代理人の原審における訴訟行為はすべて有効と認めなければならない。ただ両代理人の当審における訴訟行為は、控訴人等の当審における異議によつて本来はその効力を認め得ない筋合であるが、その後新に選任された被控訴代理人において右両代理人の訴訟行為を追認したことはすでに認定したとおりであるから、該訴訟行為の瑕疵はこれによつて治癒されたわけである。従つて控訴人等の抗弁は理由がない。そこで以下本案について検討する。

原告組合は訴外旭硝子株式会社牧山工場の労働者を以て組織する法人たる労働組合であつて、同組合の規約第四条には組合は必要により闘争委員会を設け、闘争委員会の設置は組合大会の決定により、その運営に別冊闘争要綱による旨を定め、別冊闘争要綱第五項には闘争委員会は規約に定める執行委員会の権限及び大会より委任された議決権を有する旨を定めていることは、成立に争のない甲第一号証の一の原告組合規約及び同号証の二の別冊闘争要綱によつて明らかである。そして原告組合は定員制の改正等に関する前記会社との団体交渉が決裂したため、昭和二八年九月一〇日争議に入り、同年一〇月二五日その争議が妥結したこと、該争議に際し同年八月一二日の組合大会において闘争委員会を設置すること及びその設置の時期は執行委員会の決定に一任することを議決したことは、当事者間に争のないところである。

原審証人津田三代子の証言によつて、原告組合大会の議事を同組合の書記である右証人において筆記し、これを同組合の企画部長石井早雄において抜萃したものと認められる甲第四号証、成立に争のない甲第二号証、乙第八号証、原審証人石井早雄(第一回)宮川清城の各証言、これらの証言によつて成立を認め得る甲第三号証の三、原審証人宮原次郎吉、山中昭夫、岩村光雄、当審証人金子勇の各証言と原審証人上荷田定雄の証言の一部並びに原審における原告組合代表者金子勇の尋問の結果を綜合すると、昭和二八年八月一二日の原告組合大会においては前示議決の外に、規約第二四条に列挙する大会の議決事項中、予算決算、他の団体えの加入脱退、資産の処分及び規約改正に関する直接投票実施の事項を除く外、臨時組合費の徴収その他の事項に関する議決権を闘争委員会に委任することをも議決し、また執行委員会は同月一七日闘争委員会を設置することを議決したこと、その後同年九月一〇日に開かれた第一一回闘争委員会は、積立闘争資金の不足に備え争議要員の給与その他闘争中の経費にあてるため企画部の立案に基き、原判決別表第三の徴収額算定方法に従い各組合員から臨時組合費を徴収することを議決したことが認められる。前記証人上荷田定雄の証言及び甲第三号証の二、乙第七号証の各記載中これらの認定にそわない部分は前掲証拠に照し採用することができないし、他に該認定をくつがえすに足る証拠はない。(上荷田の証言でも、議決の時期及び経過を異にするだけで右臨時組合費の徴収を議決したことは上記認定と異らない)。ところで、控訴人等は昭和二八年八月一二日の前記組合大会当時から同年一〇月七日まで原告組合の組合員であつて、争議中保全要員として保全作業に従事したことは当事者間に争がない。そして原審証人石井早雄の証言(第二回)と同証言に引用する本件訴状添付の徴収金明細(B表)によれば、争議中控訴人等が保全要員として勤務した日数、これによつて得た基本給及び欠勤日数は原判決別表第二の徴収金明細(B表)の当該欄に記載するとおりであることが認められるから、これと原判決別表第三の徴収額算定法に従い控訴人等から徴収すべき臨時組合費の総徴収額を計算すると、右別表第二の当該欄に記載するとおりになることは算数上明らかである。

次に原本の存在及びその成立に争のない丙第一号証、当審及び原審証人金子勇、原審証人宮川清城、中倉正城の各証言並びに原審における被控訴金庫代表者江口義美の尋問の結果によれば、原告組合は昭和二九年一二月二三日控訴人等に対する前記臨時組合費徴収債権を被控訴金庫に譲渡したことが認められる。そして原告組合が同月二四日控訴人等に対し右債権譲渡の通知をしたことは控訴人等の認めるところである。

そこでさらに控訴人等の抗弁について順次判断する。

一、本判決事実摘示(二)の抗弁について。

控訴人等は、仮に第一一回闘争委員会において前記算定方法によつて臨時組合費を徴収することの議決をしたとしても、その後昭和二八年九月中旬頃開かれた闘争委員会において右臨時組合費の徴収を廃止し組合員の収入をプール制とする議決をしたので、臨時組合費の徴収に関する議決は失効したものであると主張するけれども、控訴人等の援用する本件証拠によつてはそのような事実を認めるに足らない。かえつて前掲甲第三号の三、乙第八号証原審証人宮川清城、石井早雄(第二回)、上荷田定雄、宮原次郎吉の各証言及び原審における原告組合代表者金子勇の尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、闘争委員会において臨時組合費の徴収について協議した際、保全要員は争議中も平常と同様の収入があるので、保全要員とその他の組合員との争議中の収入の不権衡を理由として、一部委員から保全要員の収入を全部組合に徴収しこれを各組合員に分配するという、いわゆる収入のプール制をとることの意見がでた。しかし他の労働組合にはそのような例もあるが原告組合は争議の経験に乏しく組合員の組合意識も低いため、闘争委員会においてはプール制の採用を避け、争議中の組合員の収入に応じて臨時組合費を徴収することになり、昭和二八年九月一〇日の第一一回闘争委員会において徴収額算定方法に関する企画部案を採用し、すでに認定したような臨時組合費の徴収に関する議決をした。しかるにその後も保全要員とその他の組合員との収入の不権衡が問題となり、これを是正する方法として保全要員の交替制を主張する意見もでたので、第一九回闘争委員会においてこの点の調査立案を企画部に委任した。しかし同年九月二四日の第二〇回闘争委員会において、保全要員の交替制は事実上実行困難であるという企画部の調査結果が報告されたので、闘争委員会はこの問題を白紙に還し、さきになされた臨時組合費の徴収議決を再確認したものである。以上の事実によれば、控訴人等主張の頃右徴収議決を廃止した事実はあり得ない。従つて控訴人等の抗弁は採用することができない。

二、本判決事実摘示(三)及び原判決事実摘示一のうち大会の権限委譲に関する抗弁について。

まづ原告組合の闘争委員会に関する規定の制定経過を審案するに当審証人松下高喜の証言、同証言によつて原本の存在及びその成立を推認することのできる甲第八号証の一、二、第九号証の一ないし三、第一〇号証、成立に争のない乙第一〇号証並びに前出甲第一号証の一、二によれば次の事実を認めることができる。控訴人等の援用する証拠によつては該認定をくつがえすに足らない。原告組合はもと三菱化成工業株式会社牧山工場労働組合と称し昭和二二年六月結成されたものであるが、昭和二五年中右会社の硝子部門が分離して旭硝子株式会社が設立されたので、これに伴い旭硝子株式会社牧山工場労働組合と改称した。原告組合は昭和二三年八月二七日の組合大会において規約の一部を改正し、規約第四条に「組合は必要により闘争委員会を設ける。闘争委員会の設置は大会の決議による。その運営は別冊闘争基本要綱による」という規定を制定し、同時に別冊闘争要綱(これには「基本」の二字がない)を制定した。右規約第四条の規定はその後の改正によつて「基本」の二字が削除され、その他些細な字句の訂正がなされた外内容に変更はない。別冊闘争要綱は、闘争委員会は執行委員会の構成員を以て組織し、執行権並びに規約改正その他基本的問題以外の議決権を有し、その議決は構成員の三分の二以上出席し出席者の三分の二以上を以て決するものと定め、別に拡大闘争委員会に関する事項をも定めたものであるが、昭和二三年一二月の組合大会において議決の方法を構成員の三分の二以上出席し出席者の過半数を以て決することに改め、かつ拡大闘争委員会に関する規定を削除し、さらに昭和二六年四月の組合大会において権限に関する規定を「規約に定める執行委員会の権限及び大会より委任された議決権を有する」と改め、議決の方法を構成員の四分の三以上出席し出席者の過半数を以て決することに改めた。なお昭和二四年法律第一七四号を以て労働組合法が全面的に改正された結果改正後の同法第五条第二項第九号の規定によつて、労働組合の規約の改正は組合員の直接無記名投票による過半数の支持を要することになつたので、原告組合も昭和二五年四月の組合大会において規約第二五条にその旨の規定を設けたが、闘争要綱の改廃については同要綱制定当時から同要綱附則において大会でこれを行うことに定められたまま、その後改正されていない。

さて、改正前の闘争要綱中「執行権」及び「規約改正その他基本的問題以外の議決権」とあるのは規約上執行委員会の有する執行権及び規約上大会の有する当該事項の議決権を指すものであり、また改正後の闘争要綱中「大会より委任された議決権」とあるのも等しく規約上大会の有する議決権を指称するものであることは、甲第一号証の一の規約の各規定と対照して解釈上疑いのないところであつて、これに反する控訴人等の所論は独自の見解に過ぎない。そこで前記認定の事実によれば、別冊闘争要綱は闘争委員会の組織、権限、議決の方法等を規定し、その権限は規約上執行委員会に属する執行権と大会に属する議決権を併有するものであつて、組合にとつてもつとも重要な事項を規定したものである。このような闘争要綱の規定事項の性質並びに規約第四条の規定の内容及び形式と同要綱が右規約第四条と同時に同一大会で制定された事実を合せ考えると、別冊闘争要綱に規定する事項は規約中に規定すべきところを便宜別冊として規定したものであつて、同要綱は規約と一体をなし規約の一部をなすものとみるのが相当である。そおすると、闘争要綱の改廃は大会においてこれを行うことを定めた同要綱附則の規定は、規約の改正は組合員の直接無記名投票を以て行うことを定めた改正後の前記労働組合法第五条第二項第九号及び原告組合規約第二五条の各改正規定にてい触することになるのは所論のとおりである。しかしそれは闘争要綱の制定後においてこのような法律及び規約の改正がなされたためである。それ故闘争要綱の改正手続が右改正後の規約の改正手続と異ることを根拠として、該改正前に制定された闘争要綱を規約の一部ではないと主張する控訴人等の所論は、叙上の経過を看過したものであつて正当でない(被控訴人が、闘争要綱は規約と一体をなすものであると主張しながら、規約の一部とみるべきものではないというのも矛盾した見解である)。ただ、規約改正の手続に関する労働組合法及び規約の前示改正後において大会の議決により闘争要綱を改正したことは、これらの改正規定に違反するものであるが臨時組合費の徴収は改正前の闘争要綱にいう「規約改正その他基本的問題」に関する事項とは認められないから、闘争委員会が臨時組合費の徴収に関する議決権を有することは闘争要綱の改正前後を通じて異るところがない。なお闘争要綱の改正によつて闘争委員会の議決の方法も改められたことは前認定のとおりであるが、当審証人別府高衛の証言及び原審における原告組合代表者金子勇の尋問の結果によれば、第一一回闘争委員会における本件臨時組合費の徴収に関する議決は、闘争委員会の構成員の構成員が全部出席し出席者の全員の賛成で議決されたことが認められるので、改正前の議決方法にも違反しないことになる。

以上の説明によつても自ら明らかなように、規約第四条の規定は闘争要綱の規定と相まつて、争議に際し必要に応じ闘争委員会を設け、その構成員には執行委員の構成員をそのままあて、執行委員会に属する執行権及び大会に属する議決権を闘争委員会に集約することを定めたものであるが、それは争議に即応する臨機敏速な組合活動を意図するものであつて、非常事態ともいうべき闘争中の一時の措置として必要やむを得ないことである。そしてこのような必要から規約に基き大会の議決権を一時他の組合機関に委譲することは、その権限の性質に反しない限り違法ではない。本件闘争要綱は規約の一部であつて、臨時組合費の徴収に関する大会の議決権はその性質上他の組合機関に一時委譲するに適しないものではない。それ故原告組合が本件争議に際し前示大会において闘争要綱の規定に基き臨時組合費の徴収に関する大会の議決権に闘争委員会に委任する旨の議決をしたことは、所論の労働組合法及び原告組合規約に違反するものではないから論旨はすべて理由がない。

三、本判決事実摘示(四)及び原判決事実摘示一のうち規約第二二条に関する抗弁について。

本件臨時組合費は積立闘争資金の不足に備え争議要員の給与その他闘争中の経費にあてるため徴収することになつたことは、すでに認定したとおりである。当審証人別府高衛、塚本守の各証言中には、本件臨時組合費は保全要員とその他の組合員との収入の均衡を図るためのものであつて実質上臨時組合費に該当しない旨の供述があるけれども、さきに認定したとおり保全要員とその他の組合員との収入の権衡を目的とするプール制または保全要員の交替制がいづれも採用されなかつた事実からみても、右証人の供述は採用するに足らない。次に所論の規約第二二条所定の「組合費その他の機関の決定による諸費」に規約第二四条第四号所定の臨時組合費を含むことは解釈上明らかであるから、本件臨時組合費は規約上認められた臨時組合費に外ならない。原告組合の規約によれば、通常組合費についてはその額を改正する場合も規約改正の手続、すなわち組合員の直接無記名投票によらなければならないに反して、臨時組合費の徴収は大会又は闘争委員会の議決を以て足ることは所論のとおりである。従つて臨時組合費の額を改正する場合も規約改正の手続による必要がない。しかしこの間の不権衡は規約改正の手続が改正されたにかかわらず、通常組合費の額を規約自体で規定したままにした結果であつて、そのことの当否は別論として、このことから臨時組合費は当然通常組合費より少額でなければならず、従つて通常組合費より著しく高額な本件臨時組合費は規約所定の臨時組合費に該当しないという結論は生じない。それ故論旨は理由がない。

四、本判決事実摘示(五)及び原判決事実摘示一のうち予算に関する抗弁について。

原告組合が所論のように予算制度を採用していることは甲第一号証の一の規約上明らかである。しかし予算は歳入及び歳出の予定を計数を以て示した準則であつて、収支の均衡を保ち将来の計画を明示しかつ会計行為の基準とすることを目的とするものである。従つて予算は法的規範としては当該会計主体の内部的規律であつて、第三者に対する権利義務を設定し、または廃止するものではない。第三者に対する歳入徴収権は予算以外の種々の原因によつて発生するものであつて、歳入予算に計上されただけでは徴収権が発生しないと同時に、発生原因が存する以上は歳入予算に計上されないものでもこれを徴収することができるのである。それ故本件臨時組合費が予算に計上されてないから該組合費の徴収議決は無効であるという論旨は理由がない。

五、本判決事実摘示(六)及び原判決事実摘示三の抗弁について。

本件臨時組合費は積立闘争資金の不足に備え争議要員の給与その他争議中の諸経費にあてるために徴収することになつたことは、すでに説明したとおりであるが、さらにその間の事情を検討するに、原審証人石井早雄(第一回)、宮原次郎吉、中野昭夫、江崎栄の各証言並びに成立に争のない乙第一ないし第三号証によれば原告組合には本件争議に入つた当時五百数十万円の積立闘争資金があつたが、争議妥結の時期は予想に困難であつて争議要員の給与その他闘争諸経費として一日約一四万円を要する見込みであつたため、争議が長期化することを考慮し積立闘争資金に不足をきたす場合に備えて、本件臨時組合費を徴収することになつた。しかも争議は四六日間も続き、その間に要した経費は予想より遙かに多く、争議要員の弁当代(給与)だけでも五四四万余円を要し積立闘争資金だけでは闘争経費の一部しか支弁し得なかつたことが認められる。他に右認定を左右すべき証拠はない。さすれば本件臨時組合費を徴収する必要性または徴収目的を欠ぐものとはいえないから、控訴人等の抗弁は採用することができない。

六、本判決事実摘示(七)及び原判決事実摘示二の抗弁について。

所論の原告組合規約第一五条の規定は組合員平等の原則を定めたものであるが、絶対的平等を規定したものとは認められない。従つて組合員の本質的平等を害しない限度において組合の目的を達するに必要やむを得ない一定の制限を加えることは、必ずしも同条の規定に違反するものではない。

元来労働組合の行う争議行為は組合員に有利な経済的条件を獲得するため組合員が一丸となつて行うものであつて、必要によつては就労を拒否し同盟罷業に訴えることがあり、従つて就労による平時の収入も犠牲にしなければならない。しかし争議によつて将来復帰すべき共同の職場を破壊し職場復帰を不能とすることは争議行為としては自殺的行為であつて、このような破壊を防止し職場を保全することは争議に欠ぐべからざることである。それ故保全要員の行う保全作業は労使間の個別的労働契約による平時の就労とはその性質を異にし、労使間の団体協約又は団体的諒解によつて行われるものであつて、これを組合及び組合員の立場からいえば争議行為の一環をなすものである。すなわち争議は必ずしも争議要員だけで行うものではなく、保全要員も争議の安全弁として争議組合の自制的機能を担当し、保全作業を通じて共同の争議目的に奉仕するものである。しかるに等しく共同の争議のため活動しながら、保全要員には平時と同様の収入があるに反して、争議要員には争議の余暇にアルバイトによつて得る小額不安定な収入があるに過ぎない。されば労働組合がこのような争議中の特殊事情のため、組合員の収入に応じ臨時組合費の負担に適度の差等を設けることは、かえつて組合員の実質的平等にそお所以であつて、組合員間の不平を防ぎ組合の統制を確保するためにも必要やむを得ないことであるから、組合員平等の原則を定めた所論の組合規約に違反するものとはいえない(なおこのことは憲法第一四条第一項に違反するものでもない)。

これを本件についてみるに、本件臨時組合費の徴収額算定方法によれば、その徴収額は各収入階級に応じ一日について、保全要員はその収入のうち基本給の日額に一〇〇分の三、三ないし一〇〇分の三、九を乗じた額、争議要員はその全収入の日額に保全要員と同じ率を乗じた額の一〇分の七であつて、収入のない日は各組合員とも定額一〇円である。それで保全要員の負担額は実際上収入の極めて乏しい争議要員に比べて著しく高額となることは所論のとおりである。しかし臨時組合費を控除してもなお保全要員の手取収入額は争議要員に比べて相当高額となることも控訴人等の提出した原判決別表第四に示すとおりであつて、臨時組合費の負担に関する両者間の差等が不当に不公平とはいえない(この表は同一人が保全要員である場合と争議要員である場合との一年間の手取収入の差を示したのであつて、年間の収入差としてはそれほど高額ともいえないが、その収入差は実は四六日間の争議期間だけで生じたものであつて、争議期間中の収入差としては相当高額といわなければならない)。そして原審証人宮原次郎吉、石井早雄(第一回)、宮川清城等の証言によれば、本件臨時組合費の徴収額について前示のような差等をつけたのは、争議中の特殊事情を考慮し前段説示のような理由によるものであることがうかがわれるので、これを以て組合員平等の原則に違反するものとはいえないから論旨は理由がない。

七、原判決事実摘示四の抗弁について。

成立に争のない乙第四号証及び乙第五号証によれば、本件債権譲渡はあたかも他の債権者の差押を回避するためになされた仮装譲渡の感があるけれども、原審証人宮川清城、中倉正城、原審及び当審証人金子勇の各証言並びに原審における被控訴金庫代表者江口義美の尋問の結果を綜合すると事実はそうではなく、原告組合は当時被控訴金庫に対し金三五二万余円の借入金債務を負担しその支払に困却していたところ、係争中の本訴債権を他の債権者から差押えられる恐れもあつたので被控訴金庫と交渉の末、今後の訴訟費用は原告組合において負担することとして、被控訴金庫に対する前記債務を弁済するため本訴債権を被控訴金庫に譲渡したことが認められる。それ故控訴人等の抗弁は採用することができない。

八、本判決事実摘示(八)及び原判決事実摘示五の抗弁について。

原告組合が法人たる労働組合であることはすでに認定したとおりであつて、原告組合の財産処分については同組合規約第二四条第六号の規定により組合大会の議決を要することは甲第一号証の一によつて明らかである。しかし労働組合法第一二条によつて法人たる労働組合に準用される民法第五三条の規定によれば、法人の理事に相当する法人たる労働組合の執行委員長はすべて組合の事務について組合を代表する包括的代表権を有するものであるから組合財産の処分についても当然代表権を有し、ただその権限を行うには前記規約の規定によつて大会の議決を経なければならないという制限を受けるのである。すなわちこの規約の規定は、同じく法人たる労働組合に準用される民法第五四条にいわゆる理事の代理権を制限したものであつて、その権利の成立要件を定めたものではない(これに反して、一定の事項について議会または組合総会の議決を要することを定めた所論法令の規定は代表権を制限したものではなく、その権利の成立要件を定めたものであつて、これと混同してはならない)。それ故原告組合の執行委員長が大会の議決を経ないで本訴債権を被控訴金庫に譲渡しても、それは無権限の行為ではなく代表権の制限に違反した行為に過ぎない。そして被控訴金庫代表者が訴訟中の債権であることを知りながらこれを譲受けても、ただそれだけで右代表権の制限を諒知していたものとは認められないし、他にその事実を認むべき証拠もないから、その制限を以て善意の第三者である被控訴金庫に対抗することはできない。これに加うるに、成立に争のない乙第六号証及び当審証人生田繁司、金子勇の各証言によれば、原告組合は規約改正の結果組合総会を以て組合の最高議決機関となし組合財産の処分については総会の議決を要することになつたので、昭和三〇年二月四日の総会において本件債権譲渡を追認したことが認められる。それ故該債権譲渡はいづれにしても有効であつて控訴人等の抗弁は理由がない。

そおすると本件臨時組合費徴収債権は被控訴金庫に属し、控訴人等は被控訴金庫に対し該徴収金を支払う義務があること勿論であつて被控訴金庫の本訴請求は正当としてこれを認容しなければならない。

よつて被控訴金庫の本訴請求を認容した原判決は結局正当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹下利之右衛門 判事 小西信三 判事 岩永金次郎)

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